会長の部屋

私たちの地域を豊かに幸せに3

3,支柱3、運動推進の両輪:高い透明性(情報の共有)。
・ 世界を覆う闇:三種の神器
「世界史上、今日のアメリカに報道の自由などというものはありません。それはあなた方も私も知っていることです。(略)・・・記者の仕事とは、真実を壊し、公然と嘘をつき、真実を歪曲し、人を中傷し、富の邪神にへつらい、国と同胞を売って、日々の糧を得るものであります。あなた方も私も、それを承知している。とすれば、報道の自由に乾杯するとは、なんとばかげたことでありましょうか?我々は、舞台の陰にひそむ金持ち連中の道具であり召使いなのです。我々は操り人形であり、彼らが糸を引けば、それに合わせて踊るだけです。才能も可能性も人生も、すべては他人の手の内にあります。我々は、知性をひさぐ娼婦なのです。」
(1880年、『ニューヨーク・タイムズ』紙のジョン・スウィントン記者が、ニューヨークプレスクラブのパーティにおいて「報道の自由」に乾杯がなされたことに対して行ったスピーチ。)

情報操作の点からいえば現在よりはるかにましであったはずの137年前、ジョン・スウィントン記者のこの勇気ある告発に現在の世界の状況が明らか伺えます。つまり、マスコミの虚偽と隠蔽という闇で世界が覆われていること、マスコミを操るのが舞台裏の大金持ちであることを。この「陰で操つる大金持ち」とはいうまでもない資本主義の頂点にいる国際金融大資本家です。端的に示せば米国中央銀行FRBの所有家族群というと分かりやすいでしょうか。彼らは徹底的に事実を隠蔽することで莫大な資産を蓄え、絶大な権力支配権を獲得してきました。
サーカー氏が「既得権を持つ人々は、意図的に搾取された大衆を無知なままにしておこうとします。なぜなら、それは人間の尊厳を否定するいい言い訳になるからです。経済の分野では、そのような偽善的主張が際立っていて卑劣です。これらの勉強のできる人々は、勉強のできない人々から、彼らの権利、人間としての尊厳、自尊心を奪い、自分の優越感を発達させます。同様に先祖伝来の莫大な財産を引き継いだり、他人を欺くことによって莫大な富を蓄積したり、資本の投資などで巨額の財を貯めた富裕者は、光や空気や水のようにこの宇宙の世俗の資源や資産は、すべての人間の共通の財産であることを忘れています。財産は誰か個人の所有物ではないことを忘れています。」と指摘するとおりです。

彼ら国際金融大資本家には3つの優れた兵器いわば3種の神器を所有しています。それは以下のものです。
1, 通貨発行権(信用創造権)。
2, 財団(宗教法人も含む)。
3, マスコミ。
1, 通貨発行権(信用創造権)。これが彼らの力の源泉、主兵器たる神器。既に「お金の秘密・打ち出小槌物語」にて明らかにしました。貸出によって無からいくらでも通貨を作り出せる仕組みです。
2, 財団(宗教法人も含む)。これは彼らが蓄積した莫大な資産を隠蔽保持し次に相続させる神器です。個人所有の冨は課税されます。所有の財団に寄付する形で税務調査課税から免れ相続させる仕組みです。
3, マスコミ。彼らの行状や正体へ大衆から目がむくのを徹底的にそらし欺き隠蔽するための神器です。彼らの行状正体に迫る情報は全て「陰謀論」として片付ける等がマスコミの任務です。
・高い透明性:情報の公開と共有は富の再分配に不可欠。
プラウトは「宇宙の富の全てが生きとし生けるものの共有財産」とし、「公平な再分配」を主張します。そのためには世界を透明な状態にする情報の公開共有は必要不可欠です。実のところ真実の知識・情報そのものが冨であり貴重な宝です。そこでサーカー氏が「教育のある人とない人を区別する架空のラインをなくし、不合理な区別を取り払うために人間の尊厳が認められなくてはなりません。世俗の知識と精神的知識は光や空気と同じように無料でなくてはなりません。流れ続ける湧き水のように社会を活動的な状態に保たなくてはなりません。」と諭すのです。個人のプライバシー、また、特定の組織やコミュニティが苦労し経費をかけ研究して獲得した技術等、このようなものは当然保護されねばならず、情報公開の対象にはなりません。ただし、組織やコミュニティの活動の内容、資産、経理、またその組織やコミュニティの特長、長所、短所、課題等はその構成員全てが情報共有していなければなりません。例えばコミュニティの最小単位は家族ですが家族間で隠し事が多くあって信頼関係調和があるでしょうか?人間関係の信頼調和がよりよき活動を生みだします。プラウトはその具体的活動のモデルの中核に協同組合を置きそれの成功の必要要件が「正直で信頼にたるリーダー。ガラス張りの経理の厳格な管理運営」(この点は後述)としているのがその表れです。幸せな社会、互いの尊厳を認め合うには透明性が必然となるのです。

・透明な世界に:私たちの姿勢次第
三種の神器によってこの世界が闇に覆われていると記しました。宗教、政治、経済、そして歴史、テクノロジー等々多くの知識・情報が独占され私たちには隠蔽されています。その意味では私たち一般大衆は被害者ともいえます。しかし責任がないわけでもありません。私たちが日常において嘘と隠し事を常とするならば三種の神器の所有者と本質的に同じです。立場が違うだけです。こういう姿勢が彼らの力を増大させました。この意味で私たちも彼らの支配に加担してきたのです。山積した問題課題がこの世界にあります。問題解決には事実を事実と認め事に当たる以外にないのは皆が同意するでしょう。真実を追求し向き合うことが不可欠です。しかし、実はこれにはおおいな勇気が必用なのです。世界の事実を本当に追求するとは自身の心がどうであったのかの事実を追求することと同義だからです。例えばイラクで多数の死傷者が出た。このことに自分はその時どう感じていたか?無関心だった。ではなぜ無関心でいられたのか?平気だったから。ではなぜ平気でいられたのか?・・・このように世界の闇に向き合うのは同時に自らの心の闇に向き合うことです。だから勇気がいるのです。そしてこの真実を追究し向き合う姿勢こそが世界を透明にしていきます。これ以外に本当の意味での解決方法はないのです。例えば現在の権力者を引きずり下ろし(現にそうなりつつあり大きな事ですが)、私たちの代表者をその座につかせたとします。ところが私たちが日常において嘘と隠し事を常としたままであるならば、私たちの代表者は当然嘘と隠し事を常とします。つまり同じ事の繰り返しになるに過ぎません。まさに「人間の心が変化しないならば、どんな問題にも永続的な解決を見出すことはできない。」のです。(注:他者の心を変化させることはできません。自分の心を変化させなければならないのでもありません。ただ静かに自分の心を見るのです。それが変化しているということなのです。これが勇気なのです。)

私たちの地域を豊かに幸せに。プラウト社会実現へ向けて。3 d0169599_11075333、 支柱2、運動推進の両輪:高い倫理。

「人間社会を揺さぶる、全ての衝突、全ての不信、全ての暴力は、知性の間違った発揮という誤りの結果である。『至高の慈悲心』から切り離された知性は、高潔な道を歩まない。もし人間の心が変化しないならば、どんな問題にも永続的な解決を見出すことはできない。」(『〃』p173)

・誤ったモラル(二重基準は法になり得ない)

米国のダブルスタンダート、二重基準の適用、その問題は多くの識者が指摘するところです。2003年春、米国は国連査察団の報告、そして国際法をも完全に無視し、サダムフセインのイラクが「大量破壊兵器を保持している。」との虚偽事実のいいがかりにて一方的に先制攻撃し戦争を開始しました。(日本も支持!!)以来今日までイラクでは数百万人単位での人々が死傷し国土は蹂躙され続け国民はその生活権を略奪されたままです。本来であるならこの無法行為、甚大な暴力、欺瞞、略奪はあがないきれないほどの大罪です。しかし、一切咎められません。法の適用外になっているのです。彼ら世界の支配層権力者はうそぶくでしょう。「我々は特別なのだ。我々がすることそれが全て正義になるのだ。お前たちとは違う。基準が全く異なるのだ。」と。これは一般人では罪であっても支配層権力者は咎めにすらならない二重基準の典型ですが、この構図は地球上どこでも見られます。日本での卑近な例では「白紙領収書」です。一般社会常識では全く通用しないものが、与党の政治家特に閣僚には適法となってしまい、マスコミも沈黙します。日本は民主主義の法治国家との建前ですが、独裁主義の呆痴国家ではないかといいたくなります。今日、倫理の欠如道徳的な荒廃が進んでいることを多くの方が感じていますが当然です。リーダーとして範を垂れるべき支配層権力者に倫理観が全く欠如し、不法行為を合法にとねじ曲げるのを当たり前とするのですから。彼らは「慈悲」(愛)からでなく「貪欲」から知性を発揮します。倫理の欠如道徳的退廃は社会を腐敗させやがて崩壊させます。世界の現状です。現状のほとんどのモラルは「富裕者と強者の利益が投影され、」彼らの「搾取に都合の良い利益にかなう法律を作り正当化している」(『〃』p175)とサーカー氏が指摘しているとおりです。本来、法とは真理を意味し、「いつであっても、どこであっても、誰にであっても」通じ適用されてこそ法として成立するのです。法が適用されないとするものは「無法者」です。別名「ならず者」とも言いますが・・・。

 

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 普遍的原理(倫理原則):「ジャーマ」(和名「禁戒」)、「ニヤーマ」(和名「勧戒」)

上記のように現状モラルの問題点を指摘しながら「プラウト社会を建設するには、モラルを欠かすことができない」(『〃』p175)としたサーカー氏が、倫理規範としたのが古代インドで成立した普遍的原理である「ジャーマ」(和名「禁戒」)、「ニヤーマ」(和名「勧戒」)の10の倫理原則です。普遍的原理とは本当の法(ダルマ、真理)ということです。従って「いつであっても、どこであっても、誰にであっても」通じ適用されます。二重規範など成立しないものです。きわめて重要なもので「ジャーマ」(和名「禁戒」)が5つ、「ニヤーマ」(和名「勧戒」)が5つ、以下の計10の倫理原則になります。(『〃』p177~p184)

*「ジャーマ」【禁戒】“破るのが禁じられる、いましめ”

1、「アヒンサー」非暴力:身体、言葉、想念いずれの行為においても傷つけない。自らを含め全てに対し無害で   あるよう努めること。暴力を振るわず振るわせないようにすることも含む。

2、「サティヤ」  正直 :嘘、偽りのないこと。誰に対しても、自分自身に対しても偽らず正直であること。騙さないと同時に騙されないよう努めることも含む。

3、「アステーヤ」 不盗 :与えられていないものをとらないこと。他者の財産や権利等を奪わない、盗まないこと。

4、「ブラフマチュリア」 禁欲 :自然、生理に従った無理の無い生活、敬愛を持って全てに接すること。

5、「アパリグラハ」不貪 :貪らない、余計なものを持たないこと。シンプルに生活すること。 

*「ニヤーマ」【勧戒】“心にいましめて、積極的に行なうべきこと”

1、「シャオチャ」清浄  :心を清め、身体と環境の清浄さを維持すること。

2、「サントシャ」知足  :足る、を知ること。感謝の姿勢。

3、「タパ」   苦行  :奉仕と犠牲を提供する。本質的にはいかなる環境におかれても、心を乱さず平安を保つこと。

4、「スヴァディヤーヤ 」読誦 :狭義では聖典を学ぶ。心を豊かに、理性を高めてくれる本等を視聴すること。まがい物でなく本物と接すること。

5、「イーシュヴァラ・プラニダーナ」最高神への信仰 :「宇宙意識」真理の導きに従う。裡にあるインスピレーションや良心の声に従う。

 

・ 普遍的原理の具現化がプラウトの本質

 現状のモラルいわばちゃちな「仮の道徳」では支柱にはならず倫理は普遍的原理に基づかなければいけない、その普遍的原理が和名の禁戒と勧戒の計10の法(徳目ともいう)。この高い倫理がプラウトの支柱であり、運動推進の両輪の一つであると記しました。しかしより本質的に分析するならばプラウトを推進するのに禁戒と勧戒を支柱とし運動の主軸するのは事実ですが、「普遍的な法、禁戒と勧戒の経済、つまり物質的な具現化、日常の実践こそがプラウトである。」と表現するのがより正確とさえいえそうです。経済活動は物質的活動です。プラウトは経済活動ではありますがそれは単なる物質的活動ではなく高い哲学、高い精神性をその物質的活動の中に込めた経済システムです。これがプラウトの独自性特質だからです。(この点は後述。)   

d0169599_11075333私たちの地域を豊かに幸せに。プラウト社会実現へ向けて2。 プラウト(進歩的活用理論)の3本柱。

全てのものはそれをそれとして成立させる支柱があります。その支柱の多くは三つ組となっています。たとえば机は基本的に3本の柱があって初めて机として成立します。この机の柱の一本でも欠けると机はそれとして成立しないのです。こういった3本は個別の柱でありながら相互に深く関連し不可分で一体のものとして機能します。キリスト教的に言えば三位一体と表現できるでしょうか。 プラウト(進歩的活用理論)は全生命の幸福を目指し、先ずは個人、家族、地域からその実践を開始しますが、それを成立させていく3本の柱は以下になるように思えます。

1、 世界・宇宙(自己)観(感)の拡大。

2、 高い倫理。

3、 高い透明性(情報の共有)。

実践に当たってこの三つ組は互いに連動し合って機能します。ただしあえて運動する中でのその役割による位置づけを整理してみますと以下になるように思えます。

・ 中核(哲学、思想):世界(自己)観(感)の拡大。

・ 運動推進の両輪  :①高い倫理。

・ 運動推進の両輪   :②高い透明性(情報の共有)。

 

1、支柱1.プラウトの中核:世界観(感)自己観(感)の拡大。 s-2009112000110310859・源流:プラウトの世界観自己観

「私たちは、一瞬たりとも忘れてはいけない。命あるものの世界全体が広大な結合家族であることを。自然はこの富のどの部分をもいかなる特定の個人には割り当てなかった。…宇宙の富の全てが生きとし生けるものの共有財産であるとするならば、あるものが贅沢にふけり、あるものが食べるに事欠いて徐々に衰弱し餓死していくというようなシステムをどうして正当化できるであろうか。」(『資本主義を超えて』p7) 中核とは「それに関するあらゆるものが発生する源であると同時にそれらすべての行為の帰結するところ」という意味です。世界(宇宙)と私(自己)は不可分です。私を離れて世界はないし世界と離れて私もありません。従って世界(宇宙)をどう観るかは同時に私(自己)をどう観ているかを表します。観と表記しましたがこれは頭で思考した観というより実感としていかに体感経験しているかが本質になります。ここから実際の言動、行為実践が派生してくるのです。生命の息吹を感じられない荒涼とした卑小で薄っぺらな世界(自己)と観(感)ずるなら行為はそれに準じます。そうではなく生き生きとした限りない豊かさ美しさ神聖さを実感として観じられたなら実践運動もそれに伴ったものになります。世界観自己観が運動の源流になるのです。 プラウトはこの世界(宇宙、自然)が「至高存在」の現われと捉えます。(『〃』p38)「至高存在」(世界各地では神、絶対者、創造主、無限の生命等でも称される)の2面である「純粋意識」(父)と「自然エネルギー」(母)が干渉し展開されたのがこの世界(宇宙)であり万物と観ます。この全体を自然とよび自己(私)も無論その一員です。「至高存在」と自己(私)の関係は火(至高存在)と火花(自己)でよく表現されます。大きさや形態等は比較にならないが本質は同じと言うことです。そしてこの見方は日本の伝統的自然観と通じます。自然万物に神が宿るというのが「八百万神」。もしくは万物は本質として仏との「悉有仏性」も相通じます。自然・万物が至高存在の投影だから「世界全体が広大な結合家族」であり「宇宙の富の全てが生きとし生けるものの共有財産である」となります。自己を含め全ての存在に無限の豊かさ美しさ神聖さを見出しています。ここから全生命の幸福を目指すプラウトの実践が展開していきます。

・ 資本主義の世界観自己観

プラウト世界観に対し世界を席巻してきた資本主義の世界観自己観はいかなるものだったのでしょうか?次のように指摘しています。「資本主義は17世紀のイギリスの哲学者ジョンロックの考え方に依拠…「森の中に自分の区画を定め…所有する権利、好きなように使用する権利を獲得する、」と。私的所有という疑う余地のない至上の信念は資本主義の根本をなす。」(『〃』p34)。資本主義では世界・自然を所有する対象と観ています。所有したもの例えば森ならそこにある鉱物から動植物、そして先住の人間までも、好き放題支配改変し搾取できるとの見方です。そして事実それに基づいた行為をやり続けています。先住者は奴隷として売買、多くの動植物が種として絶滅しています。世界・自然に真の豊かさ美しさ神聖さを観るならば、それを回復不可能なぐらい改変汚染し暴力で傷つけることができるでしょうか?所有支配すべき対象、荒涼とした卑小で薄っぺらな世界観これが資本主義の世界観です。付随する資本主義の自己観は?万物を私的所有支配できる“偉大な”「自己(私)」ということでしょう。しかし裏返すと裸の自己、本来元来の何も所有できていない自己(私)は矮小で惨めな存在という自己観でしょう。コンプレックスの裏返しです。ここには世界(宇宙、自然)と自己(私)との深刻な乖離・離反があります。貧しく不幸な世界観自己観は当然貧しく不幸な行為を展開します。資本主義の虚飾の裏で延々と繰り広げる隠蔽、暴力、詐欺、略奪。この不法行為が更に貧しく不幸な世界と自己を形成してきました。資本主義賛美者は世界の事実を見た上でこの見解を否定できるでしょうか?

thema_14_01・帰結点:自己実現(愛の実現)世界観、自己観の拡大 「究極的には、サーカーにとって、進歩とは精神性である。サーカーのスピリチュアリティは、真我の個人的実現と定義される。ヨーガの瞑想修練と、思想と行為の純潔に加えて、サーカーは解放の手段としての社会奉仕に大きな重要性を置いた。サーカーは、人間の内面の開発のサポートが社会的環境には必要と考え、資本主義と共産主義の両方を、人類がスピリチュアルな生き方の黄金時代に前進するには不適切な社会構造であるとして拒絶した。」(『ウィキペディア』より)

プラウトは全生命の幸福を目指す社会奉仕運動ですが、この実践行為の流れの帰結点は「真我の個人的実現」であることを前文は明示しているのです。そしてその自己実現とは「解放」だと示しているのです。「自己実現」を説明するのは困難です。しかしあえて説明すればこのようにいえるのではないでしょうか。自己の欲求願望を成就し思い通りに生きるのが自己実現ではありません。自己実現は自己と存在全てが解放される経験をいいます。内奥に在る本来の自己、真の自己が解放され露わになります。そこで存在全てが輝き出します。それは「至高存在」が展開している無限の世界(宇宙)と自己(私)が一体化する経験といっても間違いではないでしょう。「火(至高存在)と火花(自己)」の関係の体験です。リアリティとしての体験だから世界観、自己観は必然的に拡大します。世界と自己が一体化したここで「世界全体が広大な結合家族」の真相、生き生きとした限りない豊かさ美しさ神聖さを観ます。」。 拡大した世界観自己観は中核、源として全ての生命の解放へと行為の流れが派生するのです。プラウトは人間の内面と社会環境は分けられないことを観ているので、「瞑想修練と、思想と行為の純潔に加えて社会奉仕に大きな重要性を置いた」プラウト運動が展開し、またその流れが自己実現へと帰結します。プラウト全体が源から派生し源に戻っていく循環運動となります。「自己実現」とは別の言葉で表現すると「愛の実現」です。愛から始まり、愛に基づき行為し、愛に還るということです。また、自ら始まり、自らに基づき行為し、自らに還る・・・。自らに由(よ)りて、自らに在る、「自由自在」ともいえます。 実践で体験することが大事なのであって、最初から豊かで美しい広大な世界観自己観を有していることが必用というわけではありません。実践、学び、体験を通じて「世界観、自己観」が徐々にでも変容拡大していけたなら「解放の道」を歩んでいるといえるのではないでしょうか。プラウトの中核を現に育んでいるのです。    

d0169599_11075333私たちの地域を豊かに幸せに。プラウト社会実現へ向けて。

―グローバリズムからローカリズムへ― 他にもっと良い場所があるわけでない、他にもっと良い人がいるわけでもない。今ここにいる場と人が最良のパートナー。 地域興隆の経済システム、それがプラウト(進歩的活用理論)  

はじめに  

ここ20年来世界を席巻してきたグローバリズム、そのグローバリズムが崩壊する方向に現在の世界は大きく傾いています。無論グローバリズムとは既得権力者が進めてきたものですから権力を失うまいとの彼らの強固な抵抗が現にあります。しかし世界の潮流は既に決しているように見受けられます。グローバリズムとは端的に言えば一極支配のファシズムです。極少数エリートが絶対権力者として君臨し大衆を完全に支配隷属させる体制です。それが崩壊し多極化の流れとなっているのです。この見解に違和感を覚えられるかもしれません。「グローバリズムを推し進めてきたのは米国で米国は自由を旗印にしている国ではないか」と。しかし、歴史を調べればこの「自由と民主の国,米国」との認識が植え付けられたものであることが分かります。ファシズムと言えばアドルフヒットラーが浮かぶでしょうが、彼を財政支援等しながら育ててきたのが米国支配層の銀行家たちだったことを歴史は示します。そして大戦後も米国とナチスが密接な関係をもってきたことをも。ハリウッド映画で盛んに放映された「悪のファシズム帝国ナチスドイツを正義の自由の米国が打ち破った。」こんな単純な構図は全くのフィクションで歴史事実と異なるプロパガンダの宣伝だったのです。  さて多極化とは文字通り極が多数在ると言うことで、各国各地域が主体的に自立していく世界体制です。ここでは「寄らば大樹の陰」とか「長いものには巻かれろ」式の依存や依頼体制は通じません。各地域がそれぞれ気概を持って立ち上がり自分の地域を興隆させていかなければなりません  このための経済システムが、半年前会長の部屋の冒頭で紹介した、資本主義経済でもない共産主義経済でもないプラウト(進歩的活用理論)なのです。  これこそ地域社会を、地域に生きる一人一人を自立に導き豊かにしていく実践法です。それはよそから自分にないものを持ってきてとってつけるのではなく、地域にそこの生きる人々に潜在するものを再発見し活用成長させることで地域と個々人が進歩していく理論ゆえに和名で「進歩的活用理論」と名付けられているのです。  共々に学び実践していけるよう取り組みましょう。(個々としての企業としては極々少数実践されているかもしれませんが)地域でグループ体としてのプラウトの経済活動をしているとの情報はなく、全く日本では前例がないものだけに最初は試行錯誤の連続で難しいでしょうが、逆にやりがいもあるでしょう。また私たちが折角持っている潜在能力を無駄にせず活用するものですから楽しいものともなりましょう。実行したなら日本での魁けとなりますから、世界スケールにおいても今後のモデルケースとなります。多極化地域化とは我が地域(どこの地域も)が世界の中心にあるということです。気概を持って取り組みそれぞれ各人が創意工夫知恵を絞り進んでいきましょう。

世界思想社刊、ダダ・マヘシュヴァラナンダ著『資本主義を超えて[新時代を拓く進歩的活用理論(プラウト)]』をベースに展開していきます。  

お金の秘密・打ち出の小槌物語6(最終回)

200px-Bank_of_Japan_2010・ 現在の信用創造の実態
日銀のホームページに準備預金制度における準備率公表データがあり、現行の法定準備率は0,05~1,3%となっています。これは実際のところどういう意味か?元日銀勤務のドイツ人経済学者リチャード・A・ベルナー氏の著書『円の支配者』p88。こう明かされています。「あなたが預金準備率1%の銀行に千円預金したとすると、銀行は990円を貸し出し、10円(千円の1%)を預金準備として用意すると考えたくなる。しかし実はそうはならない、そうではなく、銀行はあなたの預金を100回まで貸し出すことができる。新規預金千円をもとに10万円貸すことが可能なのだ(あなたの預金千円は、この10万円の1%として預金準備にあてられる)。・・・銀行は追加の10万円をどこで手に入れたか?・・・無から創りだしたのである。・・・貸出は無から創り出される。」。つまり準備率1%の場合は、銀行自身全く手持ち資金0でも、誰かの預金を種がねとしてその100倍のお金を創りだし貸し付け可能ということです。100万円の預金がされたらその100倍、約1億円が貸し出せられるということです。準備率0,05なら5千倍、つまり100万円の預金にて約5千億円を創造し貸出可能。実質的に青天井(上限なし)です。そして、信用創造のプロセスとして、例えば相手方の通帳に1億円を印字して貸し付けるとき、銀行の帳簿上(現在はコンピュータ)に同額1億円を印字し預金が発生されることも『円の支配者』p88に明らかにされています。貸し出す毎に銀行の預金が発生するのです。無論この発生した銀行預金は返済によって消えます
1280px-united_states_one_dollar_bill_reverse・幻想に動かされる世界
もう、お解りでしょうか?なぜほとんど全ての人々がお金でがんじがらめにされ苦しむのか?なぜ1%対99%以上の猛烈な格差社会が進行し貧者が増加するのか?なぜ無理な開発等で環境破壊が進行するのか?それは物質的世界を動かすのはお金であり、そのお金は全てが借金だからそうなって当たり前なのです。おまけにそれには複利の利子がついて回るから経済成長を強要されるのです。しかもその利子付き借金は信用創造で無から創られた物です。
信用創造の「信用」とは、すでに指摘したように「借金」の意味で、「借金によってお金が創造される」ことですが、もっと本質的には、「銀行が貸し付けるさい、そのお金に価値があるとの信用を創造すること。」でいかがでしょうか?流通するその九割以上がコンピュータで通帳などに数字を信号印字したお金、一割弱がせいぜい紙に絵と数字を印刷しただけのお金。このお金は実体というより信号記号のたぐいといったほうが正確ではないでしょうか?つまり「幻想(思い込み)」です。「信用」は「幻想」の意味、「打ち出の小槌」である「信用創造」とは「幻想(思い込み)創造」と評するのが本質ではないでしょうか?ところが実際にこの世界はその生みだされた「幻想」によって動き動かされてきたのです。まさに壮大な空前絶後のマジックです。マジックつまり魔術には黒魔術と白魔術の二種類あります。黒魔術は民衆をがんじがらめに縛り上げて苦しめます。白魔術は民衆を解放して喜びを与えるでしょう。「信用創造権」はまさにそのマジックを遂行する魔法のアイテムの「打ち出の小槌」です。魔法アイテムはその使い方次第で結果は全く異なります。さて、ここで「一寸法師」の話を思い出して下さい。「打ち出の小槌」の所有者は一体誰でしたか?・・・鬼でしたね。鬼は黒魔術師です。しかしこれは「打ち出の小槌」を所有した者が鬼へと変貌したとも読めます。そしてこれは歴史事実を暗示します。魔法アイテム「信用創造」を発見し秘密裡に独占した者が、陰(オン、オニ)の者、つまり鬼となって闇に隠れマジックを遂行した。これが私たちの生活しているこの世界の本当の歴史であり現実だったのです。改めて最初の質問に戻りましょう。「打ち出の小槌」、もしあなたが偶然それを手にしたらあなたはどうされますか?
政府の費用をまかない一般国民の消費に必要な全ての通貨と銀行の預金を、政府は自分で発行し流通させるべきである。通貨を作成し発行する特典は、政府のたった一つの特権であるばかりか、政府最大の建設的な機会なのである。この原理を取り入れることによって納税者は計り知れないほどの金額の利子を節約できる。それでこそお金が主人でなくなり、人間が人間らしい生活を送るための召使になってくれるのだ。」(第16代大統領『リンカーン』)

200px-Bank_of_Japan_2010お金の秘密・打ち出の小槌物語5

・金(ゴールド)もいらなくなった!
信用創造という魔法の小槌は秘密裏にそれを独占した銀行の所有者によって振られるようになりました。しかし、いくら魔法のアイテムでも無制限に振ることはできません。その発生当初から長らく通貨の発行は金本位制でした。この制度により生みだされた紙幣は金(ゴールド)との交換という制限があったのです。これでは信用創造の小槌を振るって出される紙幣の量は、種がねとなる現物ゴールドに対し最大で10倍が限度だったのでは?と想像できます。そのため市場に流される通貨の量は一定を保ちます。これは不自由でもありますが見方によれば市場の安定、極端なインフレもデフレも起きないことを意味します。しかし銀行家には不満であり足かせに感じていたのです。そしてやがてついに世界中を震撼させる出来事が起きます。1971年ニクソンショックです。突如出された、基軸通貨ドルのゴールドとの兌換を破棄する宣言です。これによって世界中の全ての通貨はゴールドの裏打ちを無くし現在に至ります。通貨の価値は当然不安定になります。ただし、これは別角度から見ると、ゴールドとの交換という制限・足かせなしに、信用創造の「打ち出の小槌」を思う存分に振るえるという意味でもあるのです。極端にいうといくらでも制限なしに通貨・お金は作られるようになったということです。

gahag-009251・ お金(通貨)とは何か?
ここで最初の問いかけである「お金(通貨)、そのものは何か?」を明確端的に示しましょう。すでにお気づきで理解されている方もいるでしょうが驚愕の事実です。現在世界に流通しているほぼ全ての「お金(通貨)とは誰かの借金」これが明確な答えです。通貨は銀行が信用創造で生みだします。ではいつ生みだしましたか?思い出して下さい。私(誰か)が銀行に借金を申し込み了承され通帳に印字された時でしたね。そうです。銀行がお金を貸し付ける時、誰かが借金した時お金がうまれるのです。お金は借金によって生まれるのだから、借金を返済したらそのお金は死にます。全てのお金は借金だからそれを全て返済したとしたらこの世界からお金が消失するのです。これがお金の秘密です。「世界中のあの莫大なお金全てが誰かの借金??」ぴんとこないかもしれません。しかし米国政府、日本政府はどれほどの借金がありますか?天文学的でしょう。一般銀行は企業や個人に貸し付けますが、中央銀行は手続きを経て国家に貸し付けるのです。見えづらくしていますが国家は中央銀行に借金して通貨が生みだされているのです。米国ではFRBが成立するまで「所得税」はなかったのです。その所得税は米国政府のFRBへの借金の利子なのです。「信用創造」の「信用」とは「借金」と読むのがいいでしょう。「借金によってお金が創造される」のです。そして普通私たちが貸すというと所持物もしくは信託され手元にある物を貸す事ですが、この銀行貸し付け、借金は違います。「ありもしないもの」を創ったとして貸し付け利子を取るのです。それも複利です。複利の利子、これがお化けのようなもので実に厄介なのです。利子は年月を経るほど勝手に膨らみますが、元本はともかく、もともと利子分の返済金など創造されていない、つまり本当はどこにもそのお金は存在していないのですから。このような経済システムが破綻するのは最初から必然だったのです。

 

200px-Bank_of_Japan_2010お金の秘密・打ち出の小槌物語4

・ お金が生まれた!
私たちが商店で買いものをする、給料をもらう、もしくは払う。企業間で取引をするなど、経済活動は毎日行われています。これらの商取引の経済活動で起こるのは「お金の移動です。」私たちの手元のお金が減ったり増えたりしますが、市場の中にあるお金の量は全く変化していません。一般の経済活動ではお金が移動はしても生まれはしないのです。移動と生まれるのは全く違います。それでは、どうやってお金が生まれるか・・・?
こうです。例えば私が新車がほしいと思い、金利などを考慮の上、近所の銀行に二〇〇万円の融資を申し込みます。私の資産や年収などを銀行は審査します。そして銀行はこの男は利子をつけて二〇〇万円を返済すると信用したときに、銀行が担保を設定し私の通帳に二〇〇万円を印字します。この時です。新たなお金が生まれ(創造し)たのです。二〇〇万円の通貨が信用創造されたのです。全てお金はこのようにして生まれてきます。さて、生まれたもの・創られたものは、必ず死ぬもしくは消えるのですが、このように生まれ創られたお金はどのように死ぬ(消失する)でしょうか?
気づかれましたか?この欄ですでに「お金そのものとは一体何か?」の明確な答えを示しています。気づかれた方は明敏です。驚愕の事実に気づき理解されました

120523・ 信用創造(魔法アイテム)の発見
現代に続く近代銀行の始まりは中世の欧州です。当時の通貨は金貨が中心です。大量に所持しているのは王侯貴族です。しかしゴールドには難点があります。取り扱いが難しいのです。持ち歩くには重いし摩耗もします。何より盗難の心配が常につきまといます。難儀した王侯貴族たちは相談し、金の取り扱いになれていて堅牢な保管庫を有するだろう金細工師に預けることとしました(これが「預金」の始まりです。)

金細工師はゴールドスミスといいます。金を預かった彼はその預かり証を出します。やがてゴールドスミスはある事実に気づきます。預け主は預けた金貨をめったには取りには来ないことを。ゴールドスミスはそれを良いことに預かった金貨を無断で流用し利子を取って貸し出すのです。一方市場では金貨でなく金貨の預かり証そのもので商取引がされるようになります。預かり証はゴールドスミスの所に持って行けば金貨と交換できるので金貨と全く同価値(兌換紙幣)です。その上扱いやすいのです。軽くて持ち運びも管理も簡単です。重宝だったのです。そのような中ゴールドスミスは金貨の現物を貸し出さなくても、預かり証を貸し出したら良いことに気づきます。紙幣(銀行券)の始まりです。取り扱いやすく重宝な預かり証は市場での需要が増大します。ゴールドスミスはついに「打ち出の小槌」を発見したのです。何しろ預かり証はいくらでも作れます。紙とペンさえあればいいのですから。そして経験上知っていました。めったに預かり証と現物の金貨の取り替えがされないことを。そして市場ではいくらでも紙幣である預かり証の需要があります。

2082169やがてゴールドスミスは例えば手元の金庫には一億円分の金貨しかないにも関わらず2億円分、3億円分、5億円分の預かり証を発行しだします。魔法というか、いわば大胆な詐欺ですが、それで大丈夫なのを経験上知っていたのです。手元1億円で5億円分の預かり証を発行したならば、4億円の(紙幣)を無から創造したことになります。これが金(ゴールド)を種がねとする金本位による信用創造の始まりです。「魔法の打ち出の小槌」が振られ無からお金が出てきたのです。無から創造された4億円の紙幣を担保設定し利息付きで貸し出します。借り手がもし返済されなければ担保物件で物納です。秘密裏に振られ始めた「打ち出の小槌」、その仕組みは完全に秘密にして独占されます。

しかし秘密保持のためには、預かり証と金貨との交換を求められた時の対応が必要です。応じられないと秘密がばれてしまいます。そのため現物の金貨は必ず一定量準備しておきます。これが現在の準備金制度に続いています。また、もしいざ大量の金貨の交換を求められたとき対応するため仲間同士で現物の金貨を融通し合える組合も作りました。秘密が漏れないよう鉄の掟で結ばれた仲間です。これが銀行カルテルの始まりです。こうやって誕生してきた銀行家の中で一般人に金を貸すより国家に金を貸す方が安全で遙かに割が良いことに気づく者逹が現れます。初めて国家にお金を貸した民間銀行・・・、そうそれがイングランド銀行です。この私有銀行はやがて一国の通貨発行権も手中にします。中央銀行の誕生です。次の言葉をかみしめるべきかもしれません。「借りる者は貸す者の奴隷となる」(『旧約聖書』)

 

 

 

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・中央銀行って一体何?
世界最古の近代中央銀行は英国のイングランド銀行とされます。その創設当時、英国はフランスと戦争中でした。戦争には莫大なお金が必要です。資金に困った英国王は民間の私人逹が営む銀行で多額の融資を受けます。この際国債を発行したのです。国債ですから利子が付きます。利子は民衆の重税であがなわれます。国家に金を貸し利子を得た私有民間銀行はやがて英国通貨の発行を認可されます。それが世界初の近代中央銀行イングランド銀行です。中央銀行が統制して国家の通貨を発効する制度(中央銀行制度)の始まりです。以降現在でも英国ロンドンのシティが金融の中心地となります。
さて、一国の通貨を発行し金融経済をコントロールする中央銀行、世界中の中央銀行の99%以上が実のところ公共ではなく民間の私有銀行です。日本の日銀は政府が株式(正確には出資証券)の55%を保持することになっているので、政府の意向が色濃く反映されるのは確かです。しかし民間銀行であることには変わりません。世界基軸通貨とされているドルを発行している米国の中央銀行はFRB(連邦準備制度理事会)です。このFRBに至っては米国政府機関どころか米国政府はFRBの株を全く保持していません。100%私有銀行です。ユーロを発行しているECB(欧州中央銀行)は、無論どの国の公共機関でもないです。むしろEU各国は自国通貨発行を放棄しています。世界中の中央銀行が民間なのです。中央銀行が国家機関なのは欧米から「悪の枢軸国」と名指された北朝鮮、キューバ、イラン等ぐらいでしょうか。「悪の独裁国家」といわれたリビアは、数年前まで中央銀行が国家機関だったがクーデターで首脳が惨殺政権転覆され、すでに民間中央銀行になっています。「我に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」かつてこううそぶいた男がいました。中央銀行が民間ということはその所有者逹が存在することを意味します。民間の私人です。私人が国家の通貨発行権を握り通貨を生みだし、コントロールすることができる、このことの意味は再考に値するでしょう。

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・世界の現状を透視していた大統領
基軸通貨たるドルを発行する米国。ドルはFRBが発行し続けていますが、昔かつて一度だけ米国で大量の政府通貨が発行されました。その紙幣はグリーンバックスと呼ばれ、発行者代表の大統領はあのアブラハム・リンカーン。しかしその後すぐにリンカーンは暗殺され、通貨発行は米国政府の手からもぎ離されます。また、その後、少量ですが政府通貨を発行した大統領がいます。彼はその半年後、白昼に衆人注視のもと射殺されます。あのケネディ大統領です(発行された政府通貨は回収された模様です。)。以来50年余、ドルの発行はFRBが握り続けています。
米国中心(日本も少し遅れて)に、1%対99%どころか、0,001%対999,9%とも評される猛烈な格差社会が進行しつつあります。かつて日本では「一億総中流」と呼ばれていたときがありました。この頃が最も豊かなときでしたがすでに遠い過去となってしまっています。かつて手厚かった米国の中間層はいまや完全に破壊されています。この現状を米国建国当時から杞憂していた大統領がいます。第3代大統領トーマス・ジェファーソンです。彼は指摘しました。「私有銀行がアメリカ合衆国の通貨の発行権を握ったならば、彼らはまずインフレを作り出し、それから一変してデフレにすることで、国民の財産を奪うだろう。ある朝、子供たちは目を覚ますと、自分たちの家やかつて父親たちが開拓してやっと手に入れた土地がなくなってしまったことを思い知るのだ」。米国では建国当初中央銀行の創設に非常な警戒がされていたのです。しかし、彼らの心配をよそに1913年ついに米国に中央銀行たるFRBが創設されます。大銀行の所有者たちによる100%私有銀行です。爾来100年余、トーマス・ジェファーソンの言葉通りに事態は米国、日本そして世界中で進行してしまったのです。なお繰り返しになりますが、どこにでもある民間銀行が悪だと言っているわけではありません。特に地域に密着し地域企業に融資してくれる銀行は大切です。米国においても大銀行と地域銀行が戦いを繰り広げてきた歴史があります。その銀行の理念と行動を慎重に見定めて選択することが大事なのです。

 

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・好景気を作るのは、本来は簡単!

日本で財政危機が言われるようになってから久しく、その言い分で消費税が導入されました。次々その税率は上がり更に増税の流れです。財政健全に向けて、これは正しい対処でしょうか?・・・実のところ完全な間違いです。歴史事実を見ましょう。消費税が導入されて経済は悪化して景気は冷え込み、その税率が上昇の度に更に景気は落ち込み、全体としての税収は低下し続けています。つまり明確な財政の悪化です。これは当たり前のことなのです。経済が悪化すれば税収は減り、経済が良くなれば税収は増えます。消費増税は経済を悪化させますから財政健全には完全な間違いなのです。そして経済をよくすることは本来、実に簡単なことなのです。(権限を有するものが合意すれば、ですが)。

・交換方程式M×VP×Y  これで明らかになります。Mとは通貨の総量、Vはその流通速度、Pは物価水準、Yは実質GDPです。P×Yは名目GDPです。税収は名目GDPに対して何%という形で決まります

 簡単に分かります。財政健全に向け税収を増やすには名目GDPを上昇させればいい。その名目GDPを上げるには、市場にたくさんのお金を入れ、それを活発に使えばいいのです。民衆が多くのお金を手にし(Mの上昇)、安心してどんどん何かを購入するなど使用する。(Vの上昇)。するとどうなるか?多く購入される物や利用物の値段は上げられます(Pの上昇)。企業はそうして忙しくなれば人を雇い施設拡充しフル稼働します(Yの上昇)。これが好景気の循環です。当然名目GDPは上昇し税収を増やせます。逆に消費税など上げたらどうなるか?手元のお金が目減りした(購買力が少ないMの下降)民衆は、物の購入に二の足を踏み買い控えます(Vの下降)。企業は売れなくなると物の値段を下げざるを得ません(Pの下降)。暇になり人員を削除し設備も稼働しません(Yの下降)。不景気そのものです(デフレ)。税収は減ります。こうやって経済が悪化してわざわざ財政悪化させる、この当たり前に解ることを20年以上続けているのです。賽の河原の石積みの如く無意味というより、一般国民や国内中小企業にとっての破壊行為が延々続けられているのです。解決策は簡単です。民衆が手元にお金が来て安心して使えるよう市場にお金を注ぎ込めば良いだけです。・・・そんなことできるはずがない?いいえ簡単にできます。何しろ「打ち出の小槌」があるのですから。しかししません。絶対の権限を失いたくないからです。一般国民や中小企業に賽の河原で石を積ませては壊しているのは彼らなのです。

・二種類ある市場。実体経済と金融経済

建前上日本は民主主義で国民主権。民衆が好景気を求めているのに実現しない。なぜか?お伝えしたように通貨(お金)を発行しているのは国家でなく銀行だからです。経済の根本であるお金全体をコントロールしているのは中央銀行である日銀であり、日銀は公共機関でなく民間私有銀行だからです。ここで「あれっ?」と疑問を持たれた方は鋭いです。こう思われたのでは?「日銀は政府の要望によってアベノミクスで異次元の金融緩和を断行。市場にジャブジャブお金を注入した。それでも約束していた物価水準2%アップもないし、景気も良くなっていないぞ。」と。その通りです。市場の通貨量が多くなっているので、経済は良くなり、物価水準もGDPも上がるはずです。しかしそうなっていない。なぜか?市場は二種類あります。製造、サービスなどの実質経済。もう一つは株式などの金融経済です。異次元の金融緩和によって注がれた大量のお金は全て金融経済市場に流れ、実質経済市場には回っていないのです。金融経済はGDPを生みません。圧倒的多数の国民が関係するのは実質経済です。金融経済に注ぎ込んだお金の一割でも実質経済に入れていたら日本の現状は全く違ったものになっていたのです

200px-Bank_of_Japan_2010※お金の秘密・打ち出の小槌物語1

あるがままの世界を知る必要があります。さてこの世界、物質的にはお金で動いているという実態には誰しもが同意するでしょう。そして人々の苦悩のほとんどは実際のところお金にまつわるものだと言うことも・・・。人々はどうやってお金を手に入れて蓄積できるかと多くの時間、思いを巡らし苦心します。書店にはそのための本も多く並んでいます。しかし根本であるお金、そのものは一体「それは何」でしょうか?この本質の議論はされないし、教える本も目にしません。これから記す内容はある意味世界最大の秘密と言って良いかもしれません。知ってみれば得心し何という事もないのですが、知らないと金輪際分からないよう巧みに秘匿されたものでもあります。

打ち出の小槌はあるのか?  

日本の昔話、おとぎ話に、「打ち出の小槌」がたびたび出てきます。振れば何でも願望が叶う。何もないところからお金が出てくる夢の魔法アイテムです。さて質問です。1,打ち出の小槌は現実の世界にあるといったらあなたは、信じますか?否か?  2,打ち出の小槌があり、あなたが偶然それを手にしたらあなたはどうされますか? a誰にも内緒にしてこっそり使用する。 b便利なものだから公表してみんなで使用する。

いかがでしょうか?先に答えを示します。質問1,何もないところから振るだけでお金を生みだす打ち出の小槌は確かにあります。信じられないかもしれませんが事実です。毎日振られてお金が生みだされています。驚愕でしょうが全てのお金はこれで生みだされていると言っても過言ではありません。名前もあります。小槌を振るうのを「信用創造」、打ち出の小槌そのものを「信用創造権」といいます。「そんなバカな!なぜそれがおおっぴらにならない?」そう思われるかもしれません。その答えは質問2,です。小槌を手にしたものは秘密にしてそうと解らないよう使用しませんか?

ともあれ、お金とは一体誰がどのように生みだす(発行する)のかを知る必要があるようです。「信用創造権」は別名「通貨発行権」です。通貨の発行?いうまでもない絶対的権限権力です。この打ち出の小槌の所有者とは?

通貨の発行者は?

手元にあるお金を眺めて見て下さい。どう刻印されていますか?十円玉、百円玉等のコインは日本国の刻印ですね。つまり政府が発行したと分かります。しかし、紙幣は?千円札など、どれも日本銀行券と刻印されていますね。日本銀行が日本通貨の円紙幣を発行したことの証明です。莫大な利益が出るはずの紙幣の発行を政府はできていないのです。「政府と日銀、それは同じ事でないの?」こう思われた方、やられています。マスコミの洗脳です。無理もありません。NHKニュースなど必ずこう言います「政府日銀」と。これを聞くと政府と日銀は一体、もしくは政府の公的機能の一つに日銀があると受け取られます。意図的にそう受け取らせているのです。しかし政府と日銀は全く別組織であり、日銀は公的機関でなく民間つまり私有銀行です。嘘と思われる方は直接日銀に電話で問い合わせれば良いでしょう。さらにお金(通貨)とは現金だけではないです。企業間や各種振り込みなど日常お金の取引は通帳で行っていますね。通帳に印字された数字こそがお金です。通帳を発行し印字するのは?言うまでも無く銀行です。通貨の発行者は紛れもなく銀行なのです。その通貨の発行の機能仕組みが「信用創造」です。全ての銀行はその機能にて日々毎日通貨(お金)を生みだしています。打ち出の小槌が振られているのです。

しかし、誤解されてはいけません、信用創造の「機能」と「権限」は別です。銀行は数多くあります。地域の信金、地銀から都銀の支店等々、こういった銀行は全て信用創造機能に基づき活動していますが、その頭取やましてや支店長などに本質権限はありません。全ての銀行を統括するいわばラスボス、それが中央銀行(日本では日銀)です。権限はここです。

前回の「社会奉仕に精進する経済システム」と今回からの「お金の秘密・打ち出の小槌物語」、そしてそれ以降の参考図書を示します。

(参考図書)

・『円の支配者』(リチャードAヴェルナー、「草思社」)。

・『虚構の終焉』(リチャードAヴェルナー、「PHP社」)。

・『資本主義を超えて』(ダダ・マヘンシュヴァラナンダ、「世界思想社」)。

・『世界の半分が飢えるのはなぜ?』(ジャン・ジグレール、『合同出版」)。