会長の部屋

私たちの地域を豊かに幸せに8

※さあ、始めよう。(結び)
・正直で信頼にたるリーダー:自己潜在力の活用。
プラウトの実行、何か面倒で難しいと感じられましたか?行動のためプラウトを知り理解することは大事ですが、難しい理論や理屈を覚えておく必用は全くありません。それより具体的に実践し経験し実感することが重要なのです。そして実はこの実践は「いつでも、どこでも、誰にでも」始められます。つまり「今、ここで、私が」開始できるのです。
本年度のクラブスローガン「まっとうな生き方の尊さ」-嘘をつかないこと、過ちは素直に認め謝ること、この実践者は誰であれ尊い-。これがプラウトの実践といって間違いないのではないでしょうか?三本柱の運動推進の両輪、高い倫理性と高い透明性(情報の共有)。私たちが最容易に犯してしまう倫理違反は?「嘘をつくこと」では?情報を出さず隠したいことは?「自分の犯した間違い過ち」ではないでしょうか?だからこそ誰であれ「まっとうな生き方」の継続こそが尊いのです。これこそが「正直で信頼にたるリーダー」の資質でしょう。自己の潜在力を開拓し新たな世界と自己を展開していく原点がここにあるのではないでしょうか?
・自然環境の潜在力の活用
「衣食住」がその地域で完結しているべきで地域の自立になります。そのための自然環境潜在力の活用は、その観察から始まります。歩くと気づきます。我が地域も日本の各地域と同じような問題、課題がありますね。
・ まちの高齢化問題。人口減少。老人の孤独問題。
・ 増え続ける空き家。空き地。消えていく商店。
・ 耕作放棄地の増加。手入れが行き届かない山林。
・ 地場産業の不振などなど・・・。
一見するとどうしようもないようにも思えますが、問題を並べてみるとある共通点、課題が見えます。「我が地域で生まれ育った子弟、若者たちが都市部に向かい、帰郷しないこと。」これが課題でしょう。地域で安定した「やりがい、誇り、喜び」の持てる仕事で十分な収入があれば、どうでしょうか?特に食料とエネルギーの自給自足へ向けた取り組みは急を要する課題です。地域活性化のため次のようなことは思い浮かびます。
・ 帰郷者を初め若者に空き家を開放し住民に
・ 耕作放棄地を活用し新たな農業を開始し食糧増産。(従事者の十分な収入は保証する。)
・ 工場を導入し山林の間伐材等をバイオエタノールとして活用する。(従事者の十分な収入は保証する。)
・ 川の流れを活用した小水力発電の実施。等々。
問題は資金でしょうが、「地域通貨」の研究はその価値がありそうです。ともあれ、ここからは皆で智慧を出し合い工夫して進むことになります。自立した豊かで幸せな私たちの地域へ向けて。

 

    
後書き
 プラウトを紹介する備忘録帳的なものをとの考えで本稿は作成に取りかかりました。(当初に思い描いたより倍ほどの字数になってしまいましたが、)少ない字数で全体像が浮かび上がるようにとの思いで進めたのが本稿です。ですから実は詳しい説明等はこれでもかなり割愛しカットしています。その分乱暴でもありますし、私の勘違いの部分もあるでしょう。その点はご容赦ください。
 さて、本年、新たな時代が幕開けしました。トランプ大統領が今年1月20日就任しました。選挙期間中の訴え「偉大な米国を取り戻す!」。そして就任スピーチの冒頭の端的な意訳「ワシントンに巣くい(政治を裏で操り)利権を貪ってきたものたちの手から米国を国民の手の中に!!」。最初からここまで本稿を読んで頂いた方にはトランプ大統領の発言の意味は明瞭ではないでしょうか。独立戦争に勝利し英国の植民地から建国した米国は繁栄します。しかし1913年、表には見えない形で乗っ取られます。米国に実質中央銀行FRBが創設されて実権が奪われたのです。それから100年余の現在、米国の天文学的な借金、戦争の連続、1%対99%と揶揄される貧者の拡大、麻薬、犯罪者、不法入国者の跋扈・・・。乗っ取られ惨めになった米国、そこから独立し繁栄した偉大な米国を再び取り戻すと宣言したのです。端的にはFRBの所有者たちの手から国民の手に米国を取り戻すのとの就任スピーチだったのです。そしてその言葉通りの実行です。最初に行ったのがTPPからの脱退、そしてCIAへの訪問演説。「TPPとISD条項」、「CIAと麻薬」で検索し調べてみて下さい。これらのトランプ大統領の言動、その意味が分かるでしょう。
 新たな時代、世界の変革、その幕開けは既に始まり今後もどんどん展開していくでしょう。(残念ながら日本は最も遅れて取り残されている感は強いのですが、)ただし、この新しい時代、世界が私たちにとって幸せなものになるかどうかは、本稿でふれているように結局私たちの姿勢次第です。勇気を出して共々に進んでいきましょう。
 先に発表した「お金の秘密・打ち出小槌物語」は『円の支配者』(リチャードAヴェルナー著、「草思社」)。そして本稿は『資本主義を超えて』(ダダ・マヘンシュヴァラナンダ著、「世界思想社」)をベースにして作成したものです。入手されて是非ご一読下さい。そして・・・もう一点。本稿も「お金の秘密・打ち出小槌物語」もある方の教示なしには作成できなかったものです。
 毎日、様々な角度から「世界の今」を発信しているブログに「シャンティフーラ」があります。日々更新される情報には驚かれるでしょうが正確で興味深いです。そしてそのブログの中に「映像配信」のコーナーがあります。東広島に在住の竹下雅敏様の様々な講義が映像で配信されているものです。多数の映像配信がありますがプラウトについての講義もあります。ここでは膨大なそして貴重な知識と情報があふれんばかりに詰まっています。まさに宝庫です。この知識と情報にふれることで本稿と「お金の秘密・打ち出小槌物語」作成に向かうことになりました。教示頂いた知識と情報のごく一部を切り取りまとめ直したのが本稿と「お金の秘密・打ち出小槌物語」といっても過言ではありません。といっても教示頂いた知識と情報について私の理解不足や勘違いもあるでしょう。皆様もこの「映像配信」等を直接視聴されますことをお薦めします。

 新たな時代を幸せな時代に。ありがとうございました。  

2017年2月2日                             

私たちの地域を豊かに幸せに7

※地域から始めるプラウト(自立した豊かで幸せな地域へ)
経済民主主義(『〃』p78~97)
「経済的開放はあらゆる人の生得の権利である。経済的開放を実現するために、経済的権限が地元の人々に与えられなくてはならない。経済民主主義においては、地元の人々が、全ての経済的決定を行い、集合的必要性に基づいて商品を生産し、農業、工業の全ての商品を流通させる権限をもつ。」(P・R・サーカーp78)

 冨とは「今・ここにある」生活している人々と自然環境です。その「潜在力のすべてが最大限に活用され合理的に配分される」のがプラウトです。地域から始めるのです。だから全ての権限は地域の人々私たちが有するのです。逆に言えばそれだけの良識と責任が必要になります。依存姿勢では成り立ちません。既に本稿では、外部者からの収奪の実情を見てきました。地域にある私たちが目覚め自立していく気概努力なしには、これは繰り返されるでしょう。民主主義とは「与えられ守ってもらう」ものではなく、「獲得し努力して維持する」ものなのでしょう。成功のための必要条件と具体的モデルケースがが記されています。
・経済民主主義成功のための4つの必要条件(『〃』p79)
1、あらゆる人を貧困と欠乏から解放させるために、生活の最低限の必需品を利用できること。
2、商品とサービスに対する購買力を向上させ、人々が自分の生活の質が向上していると実感すること。
3、地元の人々が生活に関わる全ての経済的な事柄を決定する権利を持つこと。
4、外部の者は地域経済に否定的に干渉することを禁止されるべきである。土地や資源について外部の者の所有権は認められない。その地域で得た利潤が、他の地域に送られたり蓄蔵されたりすることなく、その地域の生産的な事業に再投資されなければならない。

・経済市場の三層構造:運動における具体的なモデルケース
1、小規模の個人経営
 「創造性と主体性を発揮させるために、個人や家族や少人数の共同によって自己所有のビジネスを始めることができるようにすべきである。彼らは非必需品や贅沢品の商品とサービスを提供できる。」
 「共同で行うには小規模、複雑な」在宅事業、家族経営レストラン、小売店、手工芸製作、芸術家グループ、個人発明家など。」
2、協同組合
 「プラウト経済の機能と組織の中心である。経済民主主義において、自分たちの企業を所有し集団的に経営するのは、労働者の基本的な権利である。工業、商業、農業、銀行業は、生産者協同組合と消費者協同組合によって組織されるべき。それは、最低限の生活必需品をはじめほとんどの生産物とサービスを生み出し、プラウト経済の大部分を構成する。」
① 正直で信頼にたるリーダー。
② ガラス張りの経理による厳格な管理運営。
③ 一般の人々が協同組合システムを心から受け入れていること。
この三つが必須。
3、大規模な基幹産業
 「協同事業で経営するにはあまりに大規模化か、あるいは大規模かつ複雑なものは、大規模事業であるべきである。」。輸送、エネルギー、防衛、鉱業、石油、石油化学、鉄鋼は、全ての経済の不可欠な部分である。そのような基幹産業は、公益事業として行政が設置する自治的機関によって経営されるべきである。(注:ここでは主に生活インフラが対象ですが大銀行も加えるべきです)
 基幹産業は「無利潤―無損失」の原則で経営されるべきである。 
 この原則によれば、収益は再投資されるか、あるいは効率、品質、満足を最大限にするために労働者のボーナスとして支払われことになる。将来の赤字を補填する基金にあてることもできる。これらの事業は、私的に所有されていないので、株主や個人投資家に配当金として支払われることが無い。」。 
 プラウトはその具体的活動のモデルの中核に協同組合を置きますが、これにて組合員全員がその企業の株主になり、経営に携わります。大きな権限が委譲され同時に大きな責任も発生します。地域の問題、組合の課題は、それは「誰かの」でなく組合員全員にとって「私の」問題であり課題になります。小さくてもその地域にとってその企業(協同組合)がなくてはならないものになって行くにつれ、その構成員の全員が「大いなる働きがい、誇り、喜びを」持ちます。「地域にとってなくてはならない自分」であることを肌で実感します。つまりプラウトの3本柱の中核、「世界観、自己観の拡大」が育まれているのです。
 本質は協同組合という形態の重要さより、中身の重要さです。
① 正直で信頼にたるリーダー。
② ガラス張りの経理による厳格な管理運営。
③ 一般の人々が協同組合システムを心から受け入れていること。
この必須の三項目の具体的実現が決定的に重要であり、プラウトを推進します。
                             

私たちの地域を豊かに幸せに6

※実践に向かう。
2、実践の要 ―経済的効率と公正さー
「1959年提出されたプラウト理論は、貧しいものの自給自足を刺激することに努めて、巨大な重要性を、リーダーと成功したものが社会全体に持っている道義的責任に置いた。資本主義についての深刻な問題、‘少数者の手の中の富の集中’と‘お金の回転における停止’が景気後退、不況の根本原因にあると彼は考えた。経済民主主義の必要性を強調して、プラウトはまた蓄財の上の限界を主張した。」(『ウィキペディア』より)

アフリカ諸国をはじめ発展途上国と称される貧しい国々があります。彼らは初めから貧しかったわけではありません。逆に非常に豊かでした。しかし暴力にて植民地にされ略奪されました。独立後も狡猾な手段で債務を背負わされ収奪され続けられているから貧しいのです。自給自足、自立を阻むモノカルチャー政策が課せられなお搾取され経済的植民地なのです。これにはODAもからみます。世界中から冨を収奪する少数富裕者たちは冨を溜め込むだけです。当然、これでお金の回転が停止し景気後退不況を招き、さらなる貧者が生みだされます。この収奪者に巨大重要な道義的責任があると主張しているのです。道義的責任を問い、世界が困窮から解放されるために私たちは“ありのままに事実”を問い知ることが欠かせないのです。その上で「生きる権利!」を取り戻し、自立しより豊かに幸せな社会を進展させるためには次がポイントになります
・ 人々の購買力(使えるお金)の増加が経済成長の指標となる
・ 地域的自給自足(地産地消)が生活水準の向上になる。(まず家族から始めるべき)
・ 金利がこの世界を破壊させる。(経済成長が強要される、諸悪の根源)
 最高賃金(蓄財上の限界)の設定が実践を実現させる。
購買力の向上、本当は簡単です。最低賃金から全て賃金アップするのです。可能か?持続的な好景気にすればよいだけです。方法の一つは既に「お金の秘密・打ち出の小槌物語」で明かしています。交換方程式:M(マネー総量)×V(流通速度)=P(物価水準)×Y(実質GDP)です。端的には実体経済市場にお金を投入するだけのことなのです。もう一つ倫理的道義的公正さの上にも非常に重要なのが「(収奪者が)溜め込み停止している資金」それを社会の中に流通させることです。蓄財上の限界と最高賃金を設定して余剰分を没収して社会に還元し回転させなければなりません経済的効率と公正さを担保するには最低賃金と最高賃金の公平な設定が必然です。そのためにも金利の意味を含め中央銀行制度を透明にし見直さなければいけません。残念ながら現在の日本で金融経済市場に大量に回されているお金は、結局は収奪者に手元にいっているのです。生活を守り、今後自立して豊かになっていくにはは地域における自給自足がポイントで、地域で情報を公開し協力結束することが大事なのです。そこからが始まりです。また具体的にプラウトを実践するのに、決して忘れてはならない留意点があるとされます。5つの基本原則と呼ばれます。
:プラウトの5つの基本原則(『〃』P、66~71)
Ⅰ「いかなる人間も、集合体による明確な了解と承認なしに、物質的富を蓄積することは許されない」。
Ⅱ「宇宙の日常的な潜在力、超日常的な潜在力、スピリチュアルな潜在力のすべてが最大限に活用され合理的に配分されるべきである。」
Ⅲ「人間社会の個体と集合体のフィジカルな潜在力、形而上学的な潜在力、スピリチュアルな潜在力を最大限に活用すべきである。」
Ⅳ「これらのフィジカル、形而上学的、日常的、超日常的スピリチュアルな活用の間で、適切な調整がなされるべきである。」
Ⅴ「活用の方法は、時、場所、人の違いに応じて変えられるべきである。そして活用は進歩的な性質をもつべきである。」

私たちの地域を豊かに幸せに5

※実践に向かう
1,プラウトの優先事項を知る。
*生きる権利! (第1優先事項)
・最低限の生活必需品の保証
「プラウトが第1に必用とすることは、あらゆる人の最低限の生活必需品を保証することである。」
➀食料(飲料水も含む)、②衣服、③住居(下水設備とエネルギーを含む)、④医療、⑤教育。
「これらの必需品は、その国のもともとの住民であろうが、外からやってきた人であろうが、あらゆる人間に保証されなくてはならない。」。このようにプラウトは「生きる権利!」が第一優先事項であり、全ての人に最低限の生活必需品が保証されないといけないとします。また、そのためにも以下の提言があります。
・雇用は政府機関の責任(完全雇用政策)(『〃』p59)
・適切な最低賃金。(生活保護についての見解)(『〃』p59)
最低賃金「生きる権利!」を十分保証する適切な額でなければならない。また、完全雇用を実現維持すべきで特例以外は生活保護は適切でなく、個人の尊厳のためにも適切な職が与えられるべきである。
・人々の購買力の向上がポイント。(『〃』p60)
*「生きる権利!」が削られ続けている日本
プラウトでは優先事項第一は「生きる権利!」で、そのために政府責任による完全雇用で適切な最低賃金は保障されなければならない。ポイントは「人々の購買力向上」であるとされます。そうすると日本の現状は?近年非正規雇用が増大の一途、特に都市部では最低賃金では生活できず、社会保証も減少し「下層老人」なる言葉も飛び交っているのは承知の通りです。国税庁発表の「民間給与実態統計調査」によると、「1997~2015年の19年間、民間企業の平均年収はほとんど上がらず、日本人の平均収入は昭和63年と同水準に落ち込み、さらに税金と社会保険料の負担率は上がっているため、手取り額の減少は平均年収の減少よりも厳しい。」ポイントである購買力が逆に低下し「生きる権利!」が徐々に削られている実態が浮かび上がります。なぜそうなったのか?豊かであったはずの日本が貧しくなったのはなぜ?この約二〇年間日本にてマスコミ等で盛んに持ち上げられ実施され続けたのが「構造改革」でした。これの関連はあるのでしょうか?
*略奪の手法を知る:IMF(国際通貨基金)が行ってきた事実。
IMFは世界における公的経済救済機関、つまり有名で善なる機関として装われています。しかし事実でしょうか?IMFこれに頼った南半球の貧しい国々、そして東ヨーロッパ、ロシア(東アジアの国々も)、そこに住む一般の人々が恐ろしい苦しみを味わったことが記されています。((『〃』p18,19)
IMFは貸付資金と引き替えに必ず「構造調整プログラム」をその国に押しつけます。(無論、資金貸し付けとは「お金の秘密・打ち出の小槌物語」で明かしたように、所有する資金を貸すのではなく、無からお金を創造し貸し付けたことにして利息を取るのです。)これは国際投資家に莫大な利益をもたらし、その国の富裕エリートも恩恵にあずかる。しかし国内企業、労働者、一般市民には致死的なダメージを与えることが明かされています。国際投資家(無論その中核トップはFRBの所有者)がその国の富裕エリートと(賄賂によって)協力を得、一般民衆からIMFを道具に使い徹底的に略奪する手法です。これがグローバリズムの手法です。
・IMFの「構造調整プログラム」の内容
➀公務員数と社会的支出の削減による政府予算の縮減。
②インフレ対策として利率を上げること。
③輸入商品への関税の撤廃。
④土地、資源、企業を外国人が所有することを禁止している法律の廃止。
⑤基本的生活必需品に対する助成金の削減。
⑥国内経済を自給自足から輸出中心へ方向付けること。
気づかれたでしょうか?日本で進められてきた「構造改革」とIMFの「構造調整プログラム」が非常に似通っていることに。内容的に検討すれば➀の公務員数削減と②以外は全て重なります。「構造改革」とは略奪システムである「構造調整プログラム」を下敷きにしたものだったのです。日本の一般大衆が貧しくなって当然です。富を継続的に収奪できる構造が「構造改革」なのですから、分かって意図的行ってきたのです。目眩ましをしながら。(この「構造改革」を導入し推進してきた首魁こそが「日銀のプリンス」たちであったことを『円の支配者』では詳細に明かしています。)

私たちの地域を豊かに幸せに4

※実践に先だって:プラウトの特質を理解する。
万物、全ての私は三層構造。
「プラウトモデルの独自の特質は、自然資源と人間の両方のフィジカル(物的=身体的)な質。サイキック(知的=心的)な質。スピリチュアル(精神的=直観的)な質を認めることにある。」(『〃』p66)
自然資質つまり世界そのもの、万物、そして人間の両方が、つまり全ての私が3つの質(要素)で成り立っている、いわば3層構造になっていると記しているのです。それは次の➀フィジカル(物的=身体的)な質、②サイキック(知的=心的)な質、③スピリチュアル(精神的=直観的)な質だと示しているのです。この万物(私)の三層構造を踏まえてプラウトは構築されており、これが独自の特質と言っているのです。この3つの質(要素)の三層構造は古代インドの哲学3グナ(質・要素)➀タマス②ラジャス③サットバがベースにあります。またここでの表記、サイキック(心的)とスピリチュアル(精神)が区別しずらく分かりにくいのでスピリチュアルは一般的な表記で意識とした方が理解しやすいかもしれません。これらを鑑みて名称や特質、作用を整理してまとめてみたのが下の表になります。

名称(プラウト) 名称(3グナ)  名称(一般)  特質  作用
 スピリチュアル  サットバ  意識  浄性:軽快、清澄  照明、直観、認識作用
 サイキック  ラジャス   精神(こころ)  激性:激しい 思考、表象等精神作用
 フィジカル  タマス   身体(もの)  暗性:重い   物理・物質的作用。

万物つまり全ての私、人間から動植物鉱物に至るまで全ては、この三質(要素)一般名称の意識、精神、身体を例外なく備え、三層構造になっているのです。また、この三質(要素)は歴然とした上下関係で成立しています。意識が最上位で精神、身体の順になります。なぜそう言えるか?私に生起する全ての事象はこの順で起きるからです。例えば私が買い物でスーパーにいたとします。この事象はどのように起きたかと見ると、まず私の意識の焦点がスーパーに向きます(意識作用)。続いてそこまでどのように行こうかと考え道を思い浮かべ選択します。つまり精神作用です。最後に歩くなり車を運転するなり身体を動かす身体の物理作用によりそこに行ったのです。意識、精神、身体の順になっているのです。三層構造は切り離せないのです。

 
・プラウトの特質:三層構造を通徹したシステム。
この三層構造は私たちの社会にも反映されています。意識に対応しているのが宗教、哲学。精神の活動が本来は政治です。身体つまり物質的活動が経済です。三層構造ですから本来は宗教、政治、経済は分かちがたくその活動はそれぞれが三層を通徹していなければなりません。しかし現在のそれぞれは全くバラバラです。宗教は救済を説きます。しかし実際に人々が苦しんでいるのは物質つまりお金です。そこを踏まえ経済の仕組みから救済の道が説かれているでしょうか?浮き世離れしたことを説き現実から目をそらさせていませんか?政治は哲学を持ち高い考えで経済をリードする役割ですが、逆にお金に引きずられ腐敗していませんか?現状の経済に哲学や高い精神性がないどころか弱者からの収奪システムになっているのは既に記述した通りです。それぞれが分割された部分活動になっています。そして社会を豊かに幸福にしていません。逆になっています。
「プラウトは経済活動ではありますがそれは単なる物質的活動ではなく高い哲学、高い精神性をその物質的活動の中に込めた経済システム」と既に指摘しました。プラウトの三本柱の中核、活動の源流であり回帰点とした「世界(自己)観の拡大」とは意識の領域です。意識が精神活動を通じ物質活動の経済システムとなっているのです。三本柱の運動の両輪、高い倫理と高い透明性は、三層全てに浸透してつなぎ合わせ浄化していきます。三層構造を通徹したプラウトのシステムは部分活動ではなく全存在活動となっているのです。矛盾が生じないのです。プラウトは真の幸福、至福が意識領域にあるとしながら「無限の幸せに向かう身体活動と知的表現(*精神活動)だけが進歩」と提起しているのは(『〃』p46)この所以です。

私たちの地域を豊かに幸せに3

3,支柱3、運動推進の両輪:高い透明性(情報の共有)。
・ 世界を覆う闇:三種の神器
「世界史上、今日のアメリカに報道の自由などというものはありません。それはあなた方も私も知っていることです。(略)・・・記者の仕事とは、真実を壊し、公然と嘘をつき、真実を歪曲し、人を中傷し、富の邪神にへつらい、国と同胞を売って、日々の糧を得るものであります。あなた方も私も、それを承知している。とすれば、報道の自由に乾杯するとは、なんとばかげたことでありましょうか?我々は、舞台の陰にひそむ金持ち連中の道具であり召使いなのです。我々は操り人形であり、彼らが糸を引けば、それに合わせて踊るだけです。才能も可能性も人生も、すべては他人の手の内にあります。我々は、知性をひさぐ娼婦なのです。」
(1880年、『ニューヨーク・タイムズ』紙のジョン・スウィントン記者が、ニューヨークプレスクラブのパーティにおいて「報道の自由」に乾杯がなされたことに対して行ったスピーチ。)

情報操作の点からいえば現在よりはるかにましであったはずの137年前、ジョン・スウィントン記者のこの勇気ある告発に現在の世界の状況が明らか伺えます。つまり、マスコミの虚偽と隠蔽という闇で世界が覆われていること、マスコミを操るのが舞台裏の大金持ちであることを。この「陰で操つる大金持ち」とはいうまでもない資本主義の頂点にいる国際金融大資本家です。端的に示せば米国中央銀行FRBの所有家族群というと分かりやすいでしょうか。彼らは徹底的に事実を隠蔽することで莫大な資産を蓄え、絶大な権力支配権を獲得してきました。
サーカー氏が「既得権を持つ人々は、意図的に搾取された大衆を無知なままにしておこうとします。なぜなら、それは人間の尊厳を否定するいい言い訳になるからです。経済の分野では、そのような偽善的主張が際立っていて卑劣です。これらの勉強のできる人々は、勉強のできない人々から、彼らの権利、人間としての尊厳、自尊心を奪い、自分の優越感を発達させます。同様に先祖伝来の莫大な財産を引き継いだり、他人を欺くことによって莫大な富を蓄積したり、資本の投資などで巨額の財を貯めた富裕者は、光や空気や水のようにこの宇宙の世俗の資源や資産は、すべての人間の共通の財産であることを忘れています。財産は誰か個人の所有物ではないことを忘れています。」と指摘するとおりです。

彼ら国際金融大資本家には3つの優れた兵器いわば3種の神器を所有しています。それは以下のものです。
1, 通貨発行権(信用創造権)。
2, 財団(宗教法人も含む)。
3, マスコミ。
1, 通貨発行権(信用創造権)。これが彼らの力の源泉、主兵器たる神器。既に「お金の秘密・打ち出小槌物語」にて明らかにしました。貸出によって無からいくらでも通貨を作り出せる仕組みです。
2, 財団(宗教法人も含む)。これは彼らが蓄積した莫大な資産を隠蔽保持し次に相続させる神器です。個人所有の冨は課税されます。所有の財団に寄付する形で税務調査課税から免れ相続させる仕組みです。
3, マスコミ。彼らの行状や正体へ大衆から目がむくのを徹底的にそらし欺き隠蔽するための神器です。彼らの行状正体に迫る情報は全て「陰謀論」として片付ける等がマスコミの任務です。
・高い透明性:情報の公開と共有は富の再分配に不可欠。
プラウトは「宇宙の富の全てが生きとし生けるものの共有財産」とし、「公平な再分配」を主張します。そのためには世界を透明な状態にする情報の公開共有は必要不可欠です。実のところ真実の知識・情報そのものが冨であり貴重な宝です。そこでサーカー氏が「教育のある人とない人を区別する架空のラインをなくし、不合理な区別を取り払うために人間の尊厳が認められなくてはなりません。世俗の知識と精神的知識は光や空気と同じように無料でなくてはなりません。流れ続ける湧き水のように社会を活動的な状態に保たなくてはなりません。」と諭すのです。個人のプライバシー、また、特定の組織やコミュニティが苦労し経費をかけ研究して獲得した技術等、このようなものは当然保護されねばならず、情報公開の対象にはなりません。ただし、組織やコミュニティの活動の内容、資産、経理、またその組織やコミュニティの特長、長所、短所、課題等はその構成員全てが情報共有していなければなりません。例えばコミュニティの最小単位は家族ですが家族間で隠し事が多くあって信頼関係調和があるでしょうか?人間関係の信頼調和がよりよき活動を生みだします。プラウトはその具体的活動のモデルの中核に協同組合を置きそれの成功の必要要件が「正直で信頼にたるリーダー。ガラス張りの経理の厳格な管理運営」(この点は後述)としているのがその表れです。幸せな社会、互いの尊厳を認め合うには透明性が必然となるのです。

・透明な世界に:私たちの姿勢次第
三種の神器によってこの世界が闇に覆われていると記しました。宗教、政治、経済、そして歴史、テクノロジー等々多くの知識・情報が独占され私たちには隠蔽されています。その意味では私たち一般大衆は被害者ともいえます。しかし責任がないわけでもありません。私たちが日常において嘘と隠し事を常とするならば三種の神器の所有者と本質的に同じです。立場が違うだけです。こういう姿勢が彼らの力を増大させました。この意味で私たちも彼らの支配に加担してきたのです。山積した問題課題がこの世界にあります。問題解決には事実を事実と認め事に当たる以外にないのは皆が同意するでしょう。真実を追求し向き合うことが不可欠です。しかし、実はこれにはおおいな勇気が必用なのです。世界の事実を本当に追求するとは自身の心がどうであったのかの事実を追求することと同義だからです。例えばイラクで多数の死傷者が出た。このことに自分はその時どう感じていたか?無関心だった。ではなぜ無関心でいられたのか?平気だったから。ではなぜ平気でいられたのか?・・・このように世界の闇に向き合うのは同時に自らの心の闇に向き合うことです。だから勇気がいるのです。そしてこの真実を追究し向き合う姿勢こそが世界を透明にしていきます。これ以外に本当の意味での解決方法はないのです。例えば現在の権力者を引きずり下ろし(現にそうなりつつあり大きな事ですが)、私たちの代表者をその座につかせたとします。ところが私たちが日常において嘘と隠し事を常としたままであるならば、私たちの代表者は当然嘘と隠し事を常とします。つまり同じ事の繰り返しになるに過ぎません。まさに「人間の心が変化しないならば、どんな問題にも永続的な解決を見出すことはできない。」のです。(注:他者の心を変化させることはできません。自分の心を変化させなければならないのでもありません。ただ静かに自分の心を見るのです。それが変化しているということなのです。これが勇気なのです。)

私たちの地域を豊かに幸せに。プラウト社会実現へ向けて。3 d0169599_11075333、 支柱2、運動推進の両輪:高い倫理。

「人間社会を揺さぶる、全ての衝突、全ての不信、全ての暴力は、知性の間違った発揮という誤りの結果である。『至高の慈悲心』から切り離された知性は、高潔な道を歩まない。もし人間の心が変化しないならば、どんな問題にも永続的な解決を見出すことはできない。」(『〃』p173)

・誤ったモラル(二重基準は法になり得ない)

米国のダブルスタンダート、二重基準の適用、その問題は多くの識者が指摘するところです。2003年春、米国は国連査察団の報告、そして国際法をも完全に無視し、サダムフセインのイラクが「大量破壊兵器を保持している。」との虚偽事実のいいがかりにて一方的に先制攻撃し戦争を開始しました。(日本も支持!!)以来今日までイラクでは数百万人単位での人々が死傷し国土は蹂躙され続け国民はその生活権を略奪されたままです。本来であるならこの無法行為、甚大な暴力、欺瞞、略奪はあがないきれないほどの大罪です。しかし、一切咎められません。法の適用外になっているのです。彼ら世界の支配層権力者はうそぶくでしょう。「我々は特別なのだ。我々がすることそれが全て正義になるのだ。お前たちとは違う。基準が全く異なるのだ。」と。これは一般人では罪であっても支配層権力者は咎めにすらならない二重基準の典型ですが、この構図は地球上どこでも見られます。日本での卑近な例では「白紙領収書」です。一般社会常識では全く通用しないものが、与党の政治家特に閣僚には適法となってしまい、マスコミも沈黙します。日本は民主主義の法治国家との建前ですが、独裁主義の呆痴国家ではないかといいたくなります。今日、倫理の欠如道徳的な荒廃が進んでいることを多くの方が感じていますが当然です。リーダーとして範を垂れるべき支配層権力者に倫理観が全く欠如し、不法行為を合法にとねじ曲げるのを当たり前とするのですから。彼らは「慈悲」(愛)からでなく「貪欲」から知性を発揮します。倫理の欠如道徳的退廃は社会を腐敗させやがて崩壊させます。世界の現状です。現状のほとんどのモラルは「富裕者と強者の利益が投影され、」彼らの「搾取に都合の良い利益にかなう法律を作り正当化している」(『〃』p175)とサーカー氏が指摘しているとおりです。本来、法とは真理を意味し、「いつであっても、どこであっても、誰にであっても」通じ適用されてこそ法として成立するのです。法が適用されないとするものは「無法者」です。別名「ならず者」とも言いますが・・・。

 

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 普遍的原理(倫理原則):「ジャーマ」(和名「禁戒」)、「ニヤーマ」(和名「勧戒」)

上記のように現状モラルの問題点を指摘しながら「プラウト社会を建設するには、モラルを欠かすことができない」(『〃』p175)としたサーカー氏が、倫理規範としたのが古代インドで成立した普遍的原理である「ジャーマ」(和名「禁戒」)、「ニヤーマ」(和名「勧戒」)の10の倫理原則です。普遍的原理とは本当の法(ダルマ、真理)ということです。従って「いつであっても、どこであっても、誰にであっても」通じ適用されます。二重規範など成立しないものです。きわめて重要なもので「ジャーマ」(和名「禁戒」)が5つ、「ニヤーマ」(和名「勧戒」)が5つ、以下の計10の倫理原則になります。(『〃』p177~p184)

*「ジャーマ」【禁戒】“破るのが禁じられる、いましめ”

1、「アヒンサー」非暴力:身体、言葉、想念いずれの行為においても傷つけない。自らを含め全てに対し無害で   あるよう努めること。暴力を振るわず振るわせないようにすることも含む。

2、「サティヤ」  正直 :嘘、偽りのないこと。誰に対しても、自分自身に対しても偽らず正直であること。騙さないと同時に騙されないよう努めることも含む。

3、「アステーヤ」 不盗 :与えられていないものをとらないこと。他者の財産や権利等を奪わない、盗まないこと。

4、「ブラフマチュリア」 禁欲 :自然、生理に従った無理の無い生活、敬愛を持って全てに接すること。

5、「アパリグラハ」不貪 :貪らない、余計なものを持たないこと。シンプルに生活すること。 

*「ニヤーマ」【勧戒】“心にいましめて、積極的に行なうべきこと”

1、「シャオチャ」清浄  :心を清め、身体と環境の清浄さを維持すること。

2、「サントシャ」知足  :足る、を知ること。感謝の姿勢。

3、「タパ」   苦行  :奉仕と犠牲を提供する。本質的にはいかなる環境におかれても、心を乱さず平安を保つこと。

4、「スヴァディヤーヤ 」読誦 :狭義では聖典を学ぶ。心を豊かに、理性を高めてくれる本等を視聴すること。まがい物でなく本物と接すること。

5、「イーシュヴァラ・プラニダーナ」最高神への信仰 :「宇宙意識」真理の導きに従う。裡にあるインスピレーションや良心の声に従う。

 

・ 普遍的原理の具現化がプラウトの本質

 現状のモラルいわばちゃちな「仮の道徳」では支柱にはならず倫理は普遍的原理に基づかなければいけない、その普遍的原理が和名の禁戒と勧戒の計10の法(徳目ともいう)。この高い倫理がプラウトの支柱であり、運動推進の両輪の一つであると記しました。しかしより本質的に分析するならばプラウトを推進するのに禁戒と勧戒を支柱とし運動の主軸するのは事実ですが、「普遍的な法、禁戒と勧戒の経済、つまり物質的な具現化、日常の実践こそがプラウトである。」と表現するのがより正確とさえいえそうです。経済活動は物質的活動です。プラウトは経済活動ではありますがそれは単なる物質的活動ではなく高い哲学、高い精神性をその物質的活動の中に込めた経済システムです。これがプラウトの独自性特質だからです。(この点は後述。)   

d0169599_11075333私たちの地域を豊かに幸せに。プラウト社会実現へ向けて2。 プラウト(進歩的活用理論)の3本柱。

全てのものはそれをそれとして成立させる支柱があります。その支柱の多くは三つ組となっています。たとえば机は基本的に3本の柱があって初めて机として成立します。この机の柱の一本でも欠けると机はそれとして成立しないのです。こういった3本は個別の柱でありながら相互に深く関連し不可分で一体のものとして機能します。キリスト教的に言えば三位一体と表現できるでしょうか。 プラウト(進歩的活用理論)は全生命の幸福を目指し、先ずは個人、家族、地域からその実践を開始しますが、それを成立させていく3本の柱は以下になるように思えます。

1、 世界・宇宙(自己)観(感)の拡大。

2、 高い倫理。

3、 高い透明性(情報の共有)。

実践に当たってこの三つ組は互いに連動し合って機能します。ただしあえて運動する中でのその役割による位置づけを整理してみますと以下になるように思えます。

・ 中核(哲学、思想):世界(自己)観(感)の拡大。

・ 運動推進の両輪  :①高い倫理。

・ 運動推進の両輪   :②高い透明性(情報の共有)。

 

1、支柱1.プラウトの中核:世界観(感)自己観(感)の拡大。 s-2009112000110310859・源流:プラウトの世界観自己観

「私たちは、一瞬たりとも忘れてはいけない。命あるものの世界全体が広大な結合家族であることを。自然はこの富のどの部分をもいかなる特定の個人には割り当てなかった。…宇宙の富の全てが生きとし生けるものの共有財産であるとするならば、あるものが贅沢にふけり、あるものが食べるに事欠いて徐々に衰弱し餓死していくというようなシステムをどうして正当化できるであろうか。」(『資本主義を超えて』p7) 中核とは「それに関するあらゆるものが発生する源であると同時にそれらすべての行為の帰結するところ」という意味です。世界(宇宙)と私(自己)は不可分です。私を離れて世界はないし世界と離れて私もありません。従って世界(宇宙)をどう観るかは同時に私(自己)をどう観ているかを表します。観と表記しましたがこれは頭で思考した観というより実感としていかに体感経験しているかが本質になります。ここから実際の言動、行為実践が派生してくるのです。生命の息吹を感じられない荒涼とした卑小で薄っぺらな世界(自己)と観(感)ずるなら行為はそれに準じます。そうではなく生き生きとした限りない豊かさ美しさ神聖さを実感として観じられたなら実践運動もそれに伴ったものになります。世界観自己観が運動の源流になるのです。 プラウトはこの世界(宇宙、自然)が「至高存在」の現われと捉えます。(『〃』p38)「至高存在」(世界各地では神、絶対者、創造主、無限の生命等でも称される)の2面である「純粋意識」(父)と「自然エネルギー」(母)が干渉し展開されたのがこの世界(宇宙)であり万物と観ます。この全体を自然とよび自己(私)も無論その一員です。「至高存在」と自己(私)の関係は火(至高存在)と火花(自己)でよく表現されます。大きさや形態等は比較にならないが本質は同じと言うことです。そしてこの見方は日本の伝統的自然観と通じます。自然万物に神が宿るというのが「八百万神」。もしくは万物は本質として仏との「悉有仏性」も相通じます。自然・万物が至高存在の投影だから「世界全体が広大な結合家族」であり「宇宙の富の全てが生きとし生けるものの共有財産である」となります。自己を含め全ての存在に無限の豊かさ美しさ神聖さを見出しています。ここから全生命の幸福を目指すプラウトの実践が展開していきます。

・ 資本主義の世界観自己観

プラウト世界観に対し世界を席巻してきた資本主義の世界観自己観はいかなるものだったのでしょうか?次のように指摘しています。「資本主義は17世紀のイギリスの哲学者ジョンロックの考え方に依拠…「森の中に自分の区画を定め…所有する権利、好きなように使用する権利を獲得する、」と。私的所有という疑う余地のない至上の信念は資本主義の根本をなす。」(『〃』p34)。資本主義では世界・自然を所有する対象と観ています。所有したもの例えば森ならそこにある鉱物から動植物、そして先住の人間までも、好き放題支配改変し搾取できるとの見方です。そして事実それに基づいた行為をやり続けています。先住者は奴隷として売買、多くの動植物が種として絶滅しています。世界・自然に真の豊かさ美しさ神聖さを観るならば、それを回復不可能なぐらい改変汚染し暴力で傷つけることができるでしょうか?所有支配すべき対象、荒涼とした卑小で薄っぺらな世界観これが資本主義の世界観です。付随する資本主義の自己観は?万物を私的所有支配できる“偉大な”「自己(私)」ということでしょう。しかし裏返すと裸の自己、本来元来の何も所有できていない自己(私)は矮小で惨めな存在という自己観でしょう。コンプレックスの裏返しです。ここには世界(宇宙、自然)と自己(私)との深刻な乖離・離反があります。貧しく不幸な世界観自己観は当然貧しく不幸な行為を展開します。資本主義の虚飾の裏で延々と繰り広げる隠蔽、暴力、詐欺、略奪。この不法行為が更に貧しく不幸な世界と自己を形成してきました。資本主義賛美者は世界の事実を見た上でこの見解を否定できるでしょうか?

thema_14_01・帰結点:自己実現(愛の実現)世界観、自己観の拡大 「究極的には、サーカーにとって、進歩とは精神性である。サーカーのスピリチュアリティは、真我の個人的実現と定義される。ヨーガの瞑想修練と、思想と行為の純潔に加えて、サーカーは解放の手段としての社会奉仕に大きな重要性を置いた。サーカーは、人間の内面の開発のサポートが社会的環境には必要と考え、資本主義と共産主義の両方を、人類がスピリチュアルな生き方の黄金時代に前進するには不適切な社会構造であるとして拒絶した。」(『ウィキペディア』より)

プラウトは全生命の幸福を目指す社会奉仕運動ですが、この実践行為の流れの帰結点は「真我の個人的実現」であることを前文は明示しているのです。そしてその自己実現とは「解放」だと示しているのです。「自己実現」を説明するのは困難です。しかしあえて説明すればこのようにいえるのではないでしょうか。自己の欲求願望を成就し思い通りに生きるのが自己実現ではありません。自己実現は自己と存在全てが解放される経験をいいます。内奥に在る本来の自己、真の自己が解放され露わになります。そこで存在全てが輝き出します。それは「至高存在」が展開している無限の世界(宇宙)と自己(私)が一体化する経験といっても間違いではないでしょう。「火(至高存在)と火花(自己)」の関係の体験です。リアリティとしての体験だから世界観、自己観は必然的に拡大します。世界と自己が一体化したここで「世界全体が広大な結合家族」の真相、生き生きとした限りない豊かさ美しさ神聖さを観ます。」。 拡大した世界観自己観は中核、源として全ての生命の解放へと行為の流れが派生するのです。プラウトは人間の内面と社会環境は分けられないことを観ているので、「瞑想修練と、思想と行為の純潔に加えて社会奉仕に大きな重要性を置いた」プラウト運動が展開し、またその流れが自己実現へと帰結します。プラウト全体が源から派生し源に戻っていく循環運動となります。「自己実現」とは別の言葉で表現すると「愛の実現」です。愛から始まり、愛に基づき行為し、愛に還るということです。また、自ら始まり、自らに基づき行為し、自らに還る・・・。自らに由(よ)りて、自らに在る、「自由自在」ともいえます。 実践で体験することが大事なのであって、最初から豊かで美しい広大な世界観自己観を有していることが必用というわけではありません。実践、学び、体験を通じて「世界観、自己観」が徐々にでも変容拡大していけたなら「解放の道」を歩んでいるといえるのではないでしょうか。プラウトの中核を現に育んでいるのです。    

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―グローバリズムからローカリズムへ― 他にもっと良い場所があるわけでない、他にもっと良い人がいるわけでもない。今ここにいる場と人が最良のパートナー。 地域興隆の経済システム、それがプラウト(進歩的活用理論)  

はじめに  

ここ20年来世界を席巻してきたグローバリズム、そのグローバリズムが崩壊する方向に現在の世界は大きく傾いています。無論グローバリズムとは既得権力者が進めてきたものですから権力を失うまいとの彼らの強固な抵抗が現にあります。しかし世界の潮流は既に決しているように見受けられます。グローバリズムとは端的に言えば一極支配のファシズムです。極少数エリートが絶対権力者として君臨し大衆を完全に支配隷属させる体制です。それが崩壊し多極化の流れとなっているのです。この見解に違和感を覚えられるかもしれません。「グローバリズムを推し進めてきたのは米国で米国は自由を旗印にしている国ではないか」と。しかし、歴史を調べればこの「自由と民主の国,米国」との認識が植え付けられたものであることが分かります。ファシズムと言えばアドルフヒットラーが浮かぶでしょうが、彼を財政支援等しながら育ててきたのが米国支配層の銀行家たちだったことを歴史は示します。そして大戦後も米国とナチスが密接な関係をもってきたことをも。ハリウッド映画で盛んに放映された「悪のファシズム帝国ナチスドイツを正義の自由の米国が打ち破った。」こんな単純な構図は全くのフィクションで歴史事実と異なるプロパガンダの宣伝だったのです。  さて多極化とは文字通り極が多数在ると言うことで、各国各地域が主体的に自立していく世界体制です。ここでは「寄らば大樹の陰」とか「長いものには巻かれろ」式の依存や依頼体制は通じません。各地域がそれぞれ気概を持って立ち上がり自分の地域を興隆させていかなければなりません  このための経済システムが、半年前会長の部屋の冒頭で紹介した、資本主義経済でもない共産主義経済でもないプラウト(進歩的活用理論)なのです。  これこそ地域社会を、地域に生きる一人一人を自立に導き豊かにしていく実践法です。それはよそから自分にないものを持ってきてとってつけるのではなく、地域にそこの生きる人々に潜在するものを再発見し活用成長させることで地域と個々人が進歩していく理論ゆえに和名で「進歩的活用理論」と名付けられているのです。  共々に学び実践していけるよう取り組みましょう。(個々としての企業としては極々少数実践されているかもしれませんが)地域でグループ体としてのプラウトの経済活動をしているとの情報はなく、全く日本では前例がないものだけに最初は試行錯誤の連続で難しいでしょうが、逆にやりがいもあるでしょう。また私たちが折角持っている潜在能力を無駄にせず活用するものですから楽しいものともなりましょう。実行したなら日本での魁けとなりますから、世界スケールにおいても今後のモデルケースとなります。多極化地域化とは我が地域(どこの地域も)が世界の中心にあるということです。気概を持って取り組みそれぞれ各人が創意工夫知恵を絞り進んでいきましょう。

世界思想社刊、ダダ・マヘシュヴァラナンダ著『資本主義を超えて[新時代を拓く進歩的活用理論(プラウト)]』をベースに展開していきます。  

お金の秘密・打ち出の小槌物語6(最終回)

200px-Bank_of_Japan_2010・ 現在の信用創造の実態
日銀のホームページに準備預金制度における準備率公表データがあり、現行の法定準備率は0,05~1,3%となっています。これは実際のところどういう意味か?元日銀勤務のドイツ人経済学者リチャード・A・ベルナー氏の著書『円の支配者』p88。こう明かされています。「あなたが預金準備率1%の銀行に千円預金したとすると、銀行は990円を貸し出し、10円(千円の1%)を預金準備として用意すると考えたくなる。しかし実はそうはならない、そうではなく、銀行はあなたの預金を100回まで貸し出すことができる。新規預金千円をもとに10万円貸すことが可能なのだ(あなたの預金千円は、この10万円の1%として預金準備にあてられる)。・・・銀行は追加の10万円をどこで手に入れたか?・・・無から創りだしたのである。・・・貸出は無から創り出される。」。つまり準備率1%の場合は、銀行自身全く手持ち資金0でも、誰かの預金を種がねとしてその100倍のお金を創りだし貸し付け可能ということです。100万円の預金がされたらその100倍、約1億円が貸し出せられるということです。準備率0,05なら5千倍、つまり100万円の預金にて約5千億円を創造し貸出可能。実質的に青天井(上限なし)です。そして、信用創造のプロセスとして、例えば相手方の通帳に1億円を印字して貸し付けるとき、銀行の帳簿上(現在はコンピュータ)に同額1億円を印字し預金が発生されることも『円の支配者』p88に明らかにされています。貸し出す毎に銀行の預金が発生するのです。無論この発生した銀行預金は返済によって消えます
1280px-united_states_one_dollar_bill_reverse・幻想に動かされる世界
もう、お解りでしょうか?なぜほとんど全ての人々がお金でがんじがらめにされ苦しむのか?なぜ1%対99%以上の猛烈な格差社会が進行し貧者が増加するのか?なぜ無理な開発等で環境破壊が進行するのか?それは物質的世界を動かすのはお金であり、そのお金は全てが借金だからそうなって当たり前なのです。おまけにそれには複利の利子がついて回るから経済成長を強要されるのです。しかもその利子付き借金は信用創造で無から創られた物です。
信用創造の「信用」とは、すでに指摘したように「借金」の意味で、「借金によってお金が創造される」ことですが、もっと本質的には、「銀行が貸し付けるさい、そのお金に価値があるとの信用を創造すること。」でいかがでしょうか?流通するその九割以上がコンピュータで通帳などに数字を信号印字したお金、一割弱がせいぜい紙に絵と数字を印刷しただけのお金。このお金は実体というより信号記号のたぐいといったほうが正確ではないでしょうか?つまり「幻想(思い込み)」です。「信用」は「幻想」の意味、「打ち出の小槌」である「信用創造」とは「幻想(思い込み)創造」と評するのが本質ではないでしょうか?ところが実際にこの世界はその生みだされた「幻想」によって動き動かされてきたのです。まさに壮大な空前絶後のマジックです。マジックつまり魔術には黒魔術と白魔術の二種類あります。黒魔術は民衆をがんじがらめに縛り上げて苦しめます。白魔術は民衆を解放して喜びを与えるでしょう。「信用創造権」はまさにそのマジックを遂行する魔法のアイテムの「打ち出の小槌」です。魔法アイテムはその使い方次第で結果は全く異なります。さて、ここで「一寸法師」の話を思い出して下さい。「打ち出の小槌」の所有者は一体誰でしたか?・・・鬼でしたね。鬼は黒魔術師です。しかしこれは「打ち出の小槌」を所有した者が鬼へと変貌したとも読めます。そしてこれは歴史事実を暗示します。魔法アイテム「信用創造」を発見し秘密裡に独占した者が、陰(オン、オニ)の者、つまり鬼となって闇に隠れマジックを遂行した。これが私たちの生活しているこの世界の本当の歴史であり現実だったのです。改めて最初の質問に戻りましょう。「打ち出の小槌」、もしあなたが偶然それを手にしたらあなたはどうされますか?
政府の費用をまかない一般国民の消費に必要な全ての通貨と銀行の預金を、政府は自分で発行し流通させるべきである。通貨を作成し発行する特典は、政府のたった一つの特権であるばかりか、政府最大の建設的な機会なのである。この原理を取り入れることによって納税者は計り知れないほどの金額の利子を節約できる。それでこそお金が主人でなくなり、人間が人間らしい生活を送るための召使になってくれるのだ。」(第16代大統領『リンカーン』)